俺が拾ったタイピンの事、気付いていたのに、何も聞いてくれなかった。
今日だって、鞄を取り戻しに来たのが目的だと言っていた。別に俺のやっているコトになど、興味も関心もなかったと………
わかっていたはずだ。
俺がバスケ部に入ろうとどうしようと、今の美鶴にはどうでもいいことなんだ。そんなこと、わかっていたはずだ。
だが俺は、心のどこかで期待していた。
どうしてだろう? って気にしてもらえるんじゃないかって、期待してた。
手にしたグラスから、コーラを少し、口に含む。
「さっさと先生にでも言えば、コトは簡単に済んだのに」
誰にも何も言わなかったのは、蔦の逆鱗に触れて、美鶴が危なくなるのを避けたかったから。
それは……… 間違いない。
椅子に背を凭れさせ、窓の外を見る。
でもそれだけじゃあ、ないよな?
己自身の言葉に、今さら反抗するつもりはない。
美鶴に、気づいてもらいたかった。
「バスケなんか始めて、どうしたの?」
そんな一言が欲しかった。
……………
所詮は、気を引きたかっただけなのか?
俺ってヤツは…………
途端に唇が熱を帯びる。同時に広がる、全身の激情。
仕方ないじゃないかっ!
抑えきれないほどの想いが、罪悪感と鬩ぎ合う。
俺だって……… 美鶴のコトが好きなんだっ!
狂いたくなるほどに―――
蔦を狂わせた想い。
「今度こそっ 護る―――――」
ゴクリとコーラを飲み込むと、炭酸が喉の奥を刺激する。
その喉の痛みに眉を寄せる顔から、隣の瑠駆真は視線を外す。
何の理由もなしに聡がバスケ部に入ったなどとは、思ってもいなかった。何か裏があるだろうとは思っていた。
だが、美鶴の為のみだとは、思っていなかった。
蔦が狂うほど涼木を想う。その気持ちが単なるハッタリや見せかけなどではないとわかるから、聡はそれを必死に止めた。
なぜ蔦が本気だとわかったか?
それは、聡も本気だから――――
すっかり冷めてしまったフライドポテトを無造作に掴み、口に放り込む。
僕だって、聡と同じ立場だったら―――
だが今回、美鶴のために蔦を止めようとしたのは、聡だ。
瑠駆真ではない。
これでは、ますます聡の株は上がるばかりだ。
違うか?
油断すると、湧き上がる焦りが熱となって、理性を溶き消してしまいそうになる。
さっきだって、美鶴と二人っきりで駅舎にいたのに、美鶴は聡の事を考えていた。
きっとそうだ。
でなければ、あの霞流とかいう………
テーブルの下で、思わず拳を握る。
どうしたら、もっと近づける?
握る拳に、温もりが甦る。美鶴を抱きしめた柔らかな温もり。
焦りや憤りは、自分を暴走させるだけだとわかっている。それで一度、瑠駆真は美鶴の前で醜態を晒した。
………… 晒したっていいじゃないか?
突然脳裏に、黒人の美女が出現する。
「むしろあなたにとっては、良い傾向だと思う」
バカにするなっ!
罵倒する。
お前らを喜ばせる気は、毛頭ない。
だが、瑠駆真が誰かに想いを寄せることを、メリエムも父親も喜ばしいと思うだろう。
渡米して数週間で己の内に引き篭もってしまった瑠駆真。彼に終始付き添っていたメリエム。
邪魔だっ!
瑠駆真の眼つきが鋭くなる。
誰も寄るなっ! 迷惑だっ!
だが、その怒りを暴走させても、美鶴は傍には寄ってきてくれない。逆に、熱くなればなるほど、メリエム達を喜ばせる。
美鶴………
頬肘をつき瞳を閉じたままの少女へ、哀願するような視線を投げる。
お願いだ。もっと僕を、見てくれよ………
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